「じゅらく不動尊」は、この度のコロナ感染症終息祈願や厄除災難・交通安全祈願のために新調させて頂きました。

浄土院は、約400年前まで天台宗系の寺院であり不動明王を安置し、
厄除災難・疫病退散・国家安泰の祈祷法要を明治期まで行っていたようです。

しかし、大正時代の漆山大火により不動明王は焼失してしまいました。

この「じゅらく不動尊」は、
この度のコロナ感染症終息祈願や厄除災難・交通安全祈願のために新調させて頂きました。

この不動尊名は、当山の寺号が「受楽寺」ですので「じゅらく不動尊」というお名前にしました。

一般的に仏様は優しいお姿が多いようですが、
不動明王は悪を絶ち仏道に導く役目を担っていることから非常に怖い表情をしています。

しかし、実際は迷いの世界から私たちの煩悩(三毒)を右手の剣(つるぎ)で断ち切るよう導いてくれる仏様です。

浄土院(山形市)の「じゅらく不動尊」は、この度のコロナ感染症終息祈願や厄除災難・交通安全祈願のために新調させて頂きました。
浄土院(山形市)の「じゅらく不動尊」は、この度のコロナ感染症終息祈願や厄除災難・交通安全祈願のために新調させて頂きました。
浄土院(山形市)の「じゅらく不動尊」ポスター

ポスターは無断複製禁止です。

-参考- 不動明王について 

明王の一つ。日本におけるその姿は一般的には青黒く、右手に剣、左手に索をもち、左肩に弁髪が乗り、牙が外面に出ている。ⓈĀrya acalanātha Mahā Vidyārāja。阿哩耶阿奢羅那多摩訶毘地耶羅惹、あるいは阿遮羅曩他と音写。不動使者、不動尊、不動主、無動尊、威怒不動金剛ともいう。不動に対応するⓈacalaはシヴァ神の異名でもあるが同一か否か定かでない。日本では空海が五大明王の一つとして請来したのが始めである。その後、貴族社会で五大明王法が現世利益のために盛んになり、不動明王護摩法が独立した。不動明王護摩法は息災法と増益法の二種類があり、主に安産、除病、延寿、調伏の利益のために修された。また、平安時代から不動明王の陀羅尼(呪)は臨終正念のために唱えられることとなり、相応(八三一—九一八)の頃から不動明王が天台系修験道の本尊となった。平安時代以降、庶民信仰に取り入れられ、説話文学に頻出する。中世には死者回向の十三仏の第一となり、江戸時代には、市川団十郎などの歌舞伎芝居によって、成田山新勝寺と不動明王信仰が大衆的になった。弘法大師様よう、もしくは神護寺様ようと呼ばれる型式や、安然がまとめた十九観様ようなど諸相がある。

WEB版新纂浄土宗大辞典 不動明王より